ぐーたら親父の言いたい放題

日々の様々なニュースを取り上げて、独自の視点でコメントします。これからの社会の変化を予測し、どのように対処すべきか提案できればと考えています。

懲りずに、またもや密室談合で後継総裁選出

 安倍首相の後継総裁が、あっという間に決まってしまった。自分たちにとって都合のの良い(コントロールしやすい)人物に自民党の多くの派閥が乗ってしまった。そういう意味では、菅義偉官房長官は貧乏くじを引かされたようである。曲者二階俊博幹事長の言葉に踊らされる感じで安倍晋三首相の後釜に座らされることになった。もちろん国の行政のトップ、望んでもなかなか手に入らない役割に推挙されたのだから、天にも昇るような心躍るできごとであり、青天の霹靂とはいえ、ほんの一握りの人々しかたどり着けない地位に就くのであるから、達成感はひとしおであろう。

 

 しかしながら、求められた説明責任を何度も袖にして疑惑を自ら振り払おうともせず、8年近くもの間激務の総理大臣の職を曲がりなりにも全うした安倍晋三首相の後釜である。北朝鮮拉致問題や、日韓関係悪化、北方領土問題をはらんだ日ロ平和条約、尖閣列島における中国との軋轢、沖縄米軍基地問題など何一つとして進展しなかった外交課題など難題が山積みである。そして森友学園加計学園問題に端を発した公文書改竄問題、説明責任をないがしろにして、国民を政治不信に貶めた。さらには、国会での絶対多数を維持しながらも、徹底した議論を行うこともなく何度も強行採決を行い、国民の意思をないがしろにしてきた安倍内閣である。

 それを、安倍晋三ほどの厚顔無恥でもない菅義偉が、果たしてやっていけるのであろうか。無難にこなして当たり前、なにか一つでもへまをしたり躓いたりすると、すぐに揚げ足を取られる世界である。国民の負託を受けてとは言いえて妙である。激務であるだけでなく、志がないとできない仕事ではないか。理想の実現、それも国民のより多数を納得させられるような政策の実現を心がけてこそ、その努力が認められる世界であろう。

 

 もっとも現在の安倍晋三首相を見ていると、裸の王様になり切れば、怖いものはないのかもしれない。政党の長として選挙資金の配分や公認権を手中に収め、逆らうことを許さないし、官僚に対しては人事権をちらつかせて抑え込む。自分から視野を広げていこうとしない限りは、どんどん心地よい世界に入り込んでいく。周囲はイエスマンばかりになる。それでも、主流派から零れ落ちることを恐れる人は大勢いるし、そんな人たちが担ぎ上げる神輿は、風向きが変わればすぐに担い手を失う運命である。

 

 いたまでたっても派閥は消滅しない。またもや自民党は、密室談合で早々と安倍首相の後継を菅義偉官房長官に決める流れを鮮やかな手口で決めてしまった。自民党所属の若手の国会議員146名の署名も実らず、党員投票は見送られることになった。両院総会による総裁選出の流れに反対の声が多く47都道府県すべてで予備選挙は行われることになったが、所詮免罪符的な役割でしかない。一応党員の意向は聞き取りました、そのポーズだけは取ったのである。それにしても、細田派98人、二階派47人、麻生派54人、石原派11人、竹下派54人などの安倍首相を支えてきたグループが軒並み雪崩を打ったかのように菅官房長官を支持することはすでに既定路線になってしまった。47人の岸田派、19人の石破派が、到底太刀打ちできないので、安倍首相の後継総裁に菅官房長官が選ばれることは確実になった。

 

 権力を手放したくない、主流派に所属することでなんとかアイデンティティを保ちたいという面々が政界には多すぎるのであろうか、それとも政権を握っているから執着してしまうのか、あるいは無意識に自己防衛を行おうとするのは人間の本能なのだろうか。このような戦力構想の構図は、どうしても民主主義にはなじまないようなきがしてならない。権力の中枢に居続けることで、あるいはその周辺部に存在することで、さまざまな恩恵があるのだろう。政治家(政治屋)がうごめく社会は、なんとも浅ましい人間の欲望の渦巻く環境でしかないのかもしれない。