ぐーたら親父の言いたい放題

日々の様々なニュースを取り上げて、独自の視点でコメントします。これからの社会の変化を予測し、どのように対処すべきか提案できればと考えています。

今年の抱負、良い年になるだろうか?

 神頼みにするつもりは全然ないし、そうしたところで状況が大幅に改善されることはない。社会の荒波を乗り越えているうちに、そんな知恵だけはついてしまう。心の底から望んでいることは、その実現に向けてどれだけ努力したかで現実になるかが決まってくる。残念ながら、幸運の到来をどれだけ待っても、満たされることはない。

 

 したがって、本来自分自身が取り組める限界を見極めて、今年の夢を設定すべきであろう。そういう意味では、歩いていける(徒歩で1時間程度)の地元の神社に初詣に行ったことは、気持ちの切り替えにはもってこいかもしれない。何度か、たとえば長男が生まれたときのお宮参りや最近では孫を連れて訪れたことはあるのだが、新年の節目に詣でたのは初めてである。信心深いわけでは決してない。先祖崇拝の傾向はは否定しないが、残念ながら身も心もささげて信仰するものはない。不遜といわれるかもしれないが、そこまで他者に自分自身の運命を依存する気持ちはない。さりとて、自分自身の力量に自信があるわけではない。いつも恐る恐る自分自身の運命を天秤にかけながら、社会に自分自身を問うているだけである。

 

 新年にあたり、気持ちを新たにして、つまり過去を一時的には清算して、今年を良い年にするために、決意を新たにしているつもりになっている。しかし、しょせん自分自身の中でのつまらない決意、偉そうに誇るべきことでもないし、ひっそりとできれば見過ごしてもらいたいようなものであるのだが、それでも自分自身の気持ちを刷新する良い機会と信じている。少なくとも新年、または年度初め、そして誕生日。そこのところだけは、気持ちの切り替えができるチャンスだと思っている。

 

 2019年アジアで初めて開かれたラグビーのワールドカップで、日本は予選リーグを4連勝、そのなかにはアイルランドスコットランドといった強豪に勝利するという快挙も含まれているが、初の決勝トーナメントに進出し、日本国民にラグビーの面白さを知らしめた。4年前の南アフリカ共和国に始めて勝利した興奮をあらためて思い起こさせ、ラグビーの面白さを改めて思い出させた感動が冷め始めている。今年は2度目の東京オリンピックの年。1964年に比べてパラリンピックが強調されている。

 

 ロシアの参加を認めない、というものすごく政治臭の強いスポーツ大会になり下がったオリンピックが行われる年である。私自身はラグビーほどにはオリンピックは興味がもう一つ湧かないのであるが、日本国民にとっては親しみのある行事が7月から8月、そして9月にかけてある。経済の問題を含め、もっと政治の世界が変化しなければ、悪くなる一方の社会の在り方に対して、そして責任感をもった政治体制、経済制度を確立すべく頑張ってもらいたいものである。、